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第三回 株式会社インスパイア 成毛眞(1/3P)

エグゼクティブは使い捨てだ――。果たしてその真意は? 日本のコンピュータ、ソフト業界を変革させたトップが語る「金儲け」の論理。

株式会社インスパイア 取締役ファウンダー 成毛 眞

<プロフィール>
北海道札幌市出身。中央大学商学部卒業後、自動車部品メーカーを経てアスキーへ入社し、同社子会社のアスキーマイクロソフトへ出向。1986年に米マイクロソフト社100%出資の日本法人、マイクロソフト株式会社が誕生し、1991年に代表取締役社長に就任した。2000年、同社退社後に投資コンサルティング会社(株)インスパイアを設立。現在は同社取締役ファウンダーを務める傍ら、他企業の取締役や顧問なども兼務している。
株式会社インスパイア
http://www.inspirecorp.co.jp/

聞き手:松下 宏(履創 代表取締役)

人に頭を下げるような仕事はしたくなかった

松下 成毛さんは「ウィンドウズ95」が発売された当時、マイクロソフトの社長でした。そこに至るまでに、キャリアアップの具体的なイメージはあったのですか?

「丸紅に誘われたのに全員卒業できなかった(笑)」
「丸紅に誘われたのに全員卒業できなかった(笑)」

成毛 全然何もないですよ。まったく何もない。大学を卒業して自動車部品メーカーに就職したのも、当時の彼女、いまの家内の知り合いの知り合いが地元でガソリンスタンドをしていて、そこによく来るオヤジが新卒を探しているというから、それだけで入社しましたね。当時は就職しようと思ったら、どこでもできたんじゃないかな。

たとえば、大学4年生の夏休み、早稲田の学生連中と一緒に渋谷の飲み屋で飲んで遊んでいたら、隣に座っていたオヤジが丸紅の人事部長だったことがあるんです。その人が「君たち、みんなうちに入社しなさい」と名刺の裏に書いて渡してくれたんですけど、全員卒業できなかった(笑)。卒業見込み証明書が出なくて、結局ダメになったんですね。何とか2月に卒業できるメドがたったぐらいなので、そもそも就職活動をしていないんですよ。

とはいえ、働かないと食うに困る。かといって、サービス業をやるつもりはない。人に頭を下げるなんて、金のためであっても考えることもできなかったので。それで、メーカーならいいやと。ただ、大阪勤務になってしまって、どうにもなじめなくて、辞めてアスキーに入りました。出版社なら人に頭を下げなくていいだろうと思って。

ところが、入社した次の日に、子会社のアスキーマイクロソフトに出向になった(苦笑)。いまの人たち、うちの会社の新卒社員もそうなんだけど、キャリアプランがどうとかよく言うじゃないですか。バカなんじゃないかと思う。学校とか会社で何かを身につけるとか、真顔で言っている。何て愚かなんだと思いますけどね。

「早くも成毛さんらしい手厳しい発言です」
「早くも成毛さんらしい手厳しい発言です」

松下 成毛さんらしい手厳しい発言が早くも出ましたが、経営者として人材育成について力を入れてきましたか? マイクロソフトのトップとして当時、新入社員への教育はどうされていたのですか?

成毛 仕事をさせるだけですよ。最初の1年間は、24時間365日働けといって、実際にやらせましたもんね。それだけです。新人教育? やめろ、ムダだ。仕事させたほうが早い。仕事させる以外、何の意味があるんだ、と。現実主義者ですからね。僕がいなくなってから、人事部が教育を始めたんじゃないでしょうか。

当時はすごかったですよ。近くにあったジムから、「おたくの社員は毎朝、風呂だけ浴びに来る奴ばっかりじゃないか。どうなってるんだ?」なんてクレームもありましたから。新人は、最初の1年間で、大学時代に同じゼミを卒業した同級生の2倍は働いているわけです。すると、同じ職種でも仕事の経験年数差は、1年と3年ぐらいの差がついている。これは一生埋まらない差でしょうね。

松下 それはすごい。資格を取るとか、そういうレベルの話ではないのですね。

成毛 全然違います。完全に自信を持って仕事するようになります。ただ、これはどの会社でも同じというわけじゃない。社員に必要な成長のスピードって、会社の成長曲線次第なんですよ。たとえば、銀行マンは50?60歳ぐらいがピークであるほうがいい。何百億、何千億円のお金を扱える年齢として、ね。

コンピュータ業界、とりわけソフト業なんてのは、仕事をガンガンこなすのは、早ければ早いほどいい。僕と同じで、50歳までに一生遊んで暮らせる金を稼いで引退したい奴は、この業界に向いている。要するに、キャリアプラン云々をいう前に、自分のピークがどこに来るのかをわかっていなきゃいけないんです。